40代です人は何歳からおじさん・おばさん化するのか?その境界線は

こんにちはヤニックです

 

40代です。

40代ともなるとおじさん・おばさんと言われてもおかしくない年齢です

実際、友人の子供からはおじさん呼ばわりされます

それに関しては別にそう見えるんだからしょうがないよね・・・と気にしてませんが

個人的には自分で自分の事をおじさん呼ばわりすることにものすごく違和感を感じます。

 

別に無理して若作りしたいとかそう言うんじゃなく、あくまで自然体で自由に生きてたいだけなので

「おじさん」というカテゴリーに自分を押し込めることに意味を感じないだけです。

ヤニックヤニック

おじさんというカテゴリーに自分から進んで入る意味無くない?

 

人はいつから芯からのおじさんになるんでしょうね?

それは自分が自分のことをおじさんと呼び始めてからなのではないかと思っています。




事実おじさんです

僕は人から見ておじさんだと思います。

100人いたら99人はそう言うでしょう、一人くらいは

女キュピ~ン

若く見えますね

くらいは言ってくれるかもしれませんが所詮少数派です。

どうひいき目に見ても、等身大の40代男性でしょう。

 

先ほども書きましたが、僕は他者から見て僕がどう見えてるか、という基準で自分をおじさん呼ばわりすることは無いです

ヤニックヤニック

他人がどう思うかはこの話とは無関係です

あくまで、自分がどう思うかどうかだけを問題にしています。

 

なぜなら

 

自分で自分の事をおじさん呼ばわりした時点で芯からおじさん化するからです。

それはつまり「自分で望んだ未来」になってしまうので(言い換えると引き寄せの法則的なことになるけど・・・)

自分で自分の事をおじさん、おじさんと言ってたら漏れなく望んだ未来がやってくるわけです。

 



自分をおばさん呼ばわりする年下の女友達

僕の年下の女友達に10分に一回くらいのペースで

「私はおばちゃんだからね~」と口癖のように言う友達がいます。

全然そのように見えなし、なんでそんなことを自分で言う必要があるのか?と不思議で仕方がないのですが

 

そう言い続けてきたからか、年々考え方が老けてきているように思えます(見た目じゃなく精神的な若さの問題)

その姿を見るたびに

ヤニックヤニック

ある意味彼女は自分が望んだ未来に進んでいるのだけれども・・・

と客観的に見つめていますが。

 

まぁぶっちゃけて言えば

 

そんなおばちゃん呼ばわりする必要ある?

 

と思ってます。

私は私でよくないかい?と思うのですが、それも人の価値観なので黙っていつも話を聞いています。

 



カテゴリーに自分を詰め込むのは息苦しくないか?

これは僕の感覚なんですけど

カテゴリーに自分を押し込めるのは息苦しいし不自由に感じるんです。

 

おじさんとか、おばさんとか、私はネガティブ人間とか、私は空気読めない人とか、私メンヘラなんでぇ・・私は〇〇な人なんで~みたいな・・・

みんな色んなカテゴリーに属してることを一生懸命自己申告しますけど。

それって一生懸命その狭い世界の中で生きようとしてるだけのように感じます。

ヤニックヤニック

それって不自由じゃね?

 

あるがままの心で 生きられぬ弱さを 誰かのせいにして過ごしてる

知らぬ間に築いてた 自分らしさの檻の中でもがいてるなら、僕だってそうなんだ

Mr.Children:名もなき詩より一部引用

もともとそんなカテゴリー無かったはずなのに、空気が読める読めないなんて概念20年くらい前は無かったはずなのに

何故か人は、言葉に引っ張られて、その狭い世界で生きようと必死なんです。

 

逆じゃないですか?

 

カテゴリーを脱ぎ捨てれば脱ぎ捨てるほどもっと自由に生きられませんか?

困る女子

私〇〇な人なんでぇ・・・・

ヤニックヤニック

それ、自分でそう言ってるだけじゃん

 

僕はカテゴリーに自分が縛られそうになる時いつもこの動画を見ます

両手が無い人がすごく楽しそうにギターを弾いています

 

きっと「ギターは手で弾くもの」というカテゴリーに囚われている人にこの発想は絶対生まれないと思います。

でも、彼はとても自由で楽しそうです、だって彼はカテゴリーに縛られていないから

男真顔

だって俺ギタリストじゃんか~手が無いんだから普通に足で弾くっしょ・・・・え?それがどうかしたの?(足で鼻ほじ)

と言いたげです

ヤニックヤニック

やっぱ自由って最高だよねぇ・・・

 

彼は「両腕が無いとギターは弾けないよね」という言葉をこと如く聞き流して生きてきたんでしょうね。

男真顔

みんな色々言ってるけどさ、別にオレの自由なんだから好きに弾いたらよくね?俺、誰かに迷惑かけてるの?

 



僕は死ぬまで僕ですよ

じゃあ、僕は自分の事をどう思ってるかというと

ヤニックヤニック

僕は死ぬまで僕ですよ

って思っています。

 

50歳だろうと80歳だろうと僕は僕です

年齢によって何かが変わるものではなく(もちろん周りからの見られ方は変わるけれども、それは僕の人格を決めるものではない)

年齢によって自分が変わるわけではありません。

 

僕はきっと80歳でも90歳でも自由に、自分のしたい事をして生きるだけです。

なので僕には老後という考え方もありません。

老後も1つのカテゴリーだと思うし

老後だから〇〇老前だから××と・・自分の中で何かが変わるわけでもありません。

 

死ぬまで自由に好きなことをやる

 

ただそれだけの存在であれば良いと思っています。

この方がシンプルで自由で自然体で・・・何より楽です

ヤニックヤニック

楽なのが一番じゃない、やっぱり(本音)

 



まとめ

・別におじさんとかおばさんとか考えなくて良くない?境界線も曖昧なんだし

・自分をおじさん呼ばわりした時に芯からおじさん化する

・カテゴリーなんて不自由なだけ、脱ぎ捨てちゃえ

・人からどう見られようが自分が楽しく自由ならそれで良くない?(人に迷惑かけてないでしょ?)

・結局楽に生きたいだけ

 

以上です

 

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この人も自由に生きてて大好きです

彼はあるいみ究極の脱カテゴリー人間です。

 

 



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